実は、目で見る第一次世界大戦史! 「戦火の馬」

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 現在絶賛公開中の「戦火の馬」。スティーブン・スピルバーグ監督の久々の作品でもあり、感動のヒューマン・ドラマとしてなかなか好評です。勿論、ヒューマン・ドラマには間違いないのですが、舞台となる時代が1910年代という事で二時間半を超える上映時間のかなりの部分が第一次世界大戦の戦場を描いています。



この第一次大戦の戦場の描写はミリタリーファンなら、目を惹かれるであろう見どころが一杯。もし、「子供と馬の映画だろ?ケッ!」とか思っちゃってる方がいたら、今からでも遅くないので観に行きましょう。

と言う訳で、今回はミリタリーファン的視点で見た「戦火の馬」の魅力について、語っていきます。


馬の映画は数あれど、意外と少ないのが軍馬の映画。洋画ではちょっと思いつきませんが、邦画だと日本陸軍騎兵部隊全面協力の『暁に祈る』(1940)や、冒頭にあの東條英機の推薦文がドバーン!と出る東宝の『』(1941)みたいな国策映画位でしょうか。

 特に日本は本格的に参戦していない事もあり、イマイチ印象の薄い第一次大戦ですが、ヨーロッパではそれまでの戦争の概念、もっと言うと歴史を根本的に変えてしまった戦いとして知られています。

1914年に戦争が始まった時、イギリスやフランス、ドイツといった主要な参戦国では戦争が長期化する事は予想されていませんでした。それまでの戦争は比較的短期間で終了することが多かったからです。

この映画の中でも開戦時のイギリスで村人達が大盛り上がりになっていますが、皆「戦争はすぐに終わる」と思っていたのですね。しかも、当時は帝国主義の時代ですから、軍人は尊敬されていました。その上、イギリス軍でもドイツ軍でも戦場に行きたいと希望する若者が登場するように、まだ戦争が一種の冒険のようなロマンチックなものだと考えられていたので、功名(戦果を上げて、故郷に錦を飾る)と冒険心を求めるムードも濃厚だったのです。
古い映画ですが、『西部戦線異状なし』(1930)にも第一次大戦時のドイツの人達の同じような反応が描かれていました。

又、この時代はまだ軍隊の機械化が未熟でした。物資の輸送も中心は馬車でしたし、最も機動力のある存在は馬に乗った騎兵です。劇中ではサーベルを構えて、19世紀さながらにドイツ軍の陣地に突撃するイギリス軍の騎兵隊が華麗に描かれていますが、あっと言う間に新兵器の機関銃で粉砕されるのが皮肉です。

あの突撃シーンは、19世紀以来の戦争の形を一変させた戦術の劇的な変化を映像で雄弁に物語る、素晴らしい映像です。登場しているのはドイツ軍の重機関銃マキシムMG08ですが、煙が立ち上る銃口をあえて発射音を消した状態でアップにしたカットと地面に死屍累々横たわる馬達の対比が非常に美しく、スピルバーグ監督のミリオタぶりが如何なく発揮されていると言えるでしょう。


↑重機関銃マキシムMG08

第一次大戦はヨーロッパでは「マシンガン・ウォー」とも呼ばれる位に機関銃の存在はインパクトがありました。それまでに無かった濃密な弾幕を張る兵器には騎兵も、勿論歩兵も歯が立ちません。第一次大戦が塹壕を掘って敵味方が対峙する膠着戦になったのは、この機関銃のためだったのです。

 映画の後半で主人公の少年が兵士と出征して来ると、膠着した戦いが何年も続き、大戦も末期ですから、戦場の様子はすっかり変わっていました。華麗な騎兵は姿を消し、塹壕と鉄条網だらけの殺伐とした現代の戦場が既に登場しています。

準備砲撃で敵陣地を叩いた後に突撃しても、あちこちで生き残った敵の機関銃が撃ってくれば歩兵はいい標的でした。しかも、やっと占領したと思ったら、塹壕に「ポン!」という音と共に毒ガス弾が落ちてきて、「ガスだ!」と叫んでいるイギリス兵達が次々と煙に包まれていくシーンはゾッとさせられます。
この毒ガス=化学兵器も膠着する塹壕戦を打破するためにドイツ軍が使用した新兵器でした。映画では描かれていませんが、恐らく攻撃は失敗したのでしょう。

実際、犠牲に構わず敵味方がこういう突撃をひたすら繰り返すのが第一次大戦の主な戦い方でした。20世紀に入って攻撃力が強化されたのに、防御力が全く進歩していなかったので、戦死者が爆発的に増大することになったのです。

 このように、観ていると第一次大戦の変遷が何となくわかるように演出されていますが、戦史や軍事的な知識のある方なら、尚の事色々わかる仕掛けが随所に見受けられます。

 例えば、ドイツ軍に捕獲された主役の馬が引かされる大砲が巨大な臼砲(臼のように太くて短い大砲。金属の加工技術が低い時代に大口径の大砲として造られた)21?Mrs16で、マニアックな事にまだゴムのタイヤが発達していない時代なので、板車輪を使っています。


↑臼砲Mrs16

 それから、ドイツ軍から逃亡する馬が塹壕の中で遭遇するのがイギリス軍の新兵器である菱形戦車(Mk?型らしい)。砲塔の無い形状なので、馬が飛び越えるという演出もいいですね。
 これは細かいことですが、ドイツ軍も最初は救急馬車を使ったり、馬が幅を利かせているのに、段々オートバイやトラックといった自動車が多くなってきていたり、僅か数年で戦争が機械化されていく事を映像でそれとなく物語っています。


↑映画で使われた戦車のメイキング映像

 そして軍装も、ドイツ兵は革製トンガリ帽子のピッケルハウベから金属製ヘルメットのシュタールヘルムへと変わり、イギリス軍でも機関銃用に士官が金属製のアーマー(鎧)を着ています。砲弾の破片や機関銃の銃弾がいかに兵士達にとって、恐ろしいものであったかが伺えます。


戦場帽子の変遷

 このように、まるで『プライベート・ライアン』(1998)を彷彿とさせるミリオタ魂(凄惨な描写は注意深く避けている演出ですが、よく見ると塹壕の中には兵士の手足が落ちていたり・・・)が感じられる戦争巨編なのでした。

主人公の父親が19世紀末のボーア戦争(アフリカ南部でイギリスとボーア人=オランダ系移民の国々が戦った戦争)の傷痍軍人で、精神的にも後遺症(今風に言うとPTSD?)に苦しんでいるという設定なんかも見ようによってはミリオタ的視点ですが、同時に戦争の悲惨さをそれとなく訴えている、ある種のバランス感覚にも思えます。

 公には、「これは戦争映画ではない」とか「もう戦争映画を作るつもりはない」とか、大人な発言をしているスピルバーグ監督ですが、この作品を観た後には「監督、好きなんでしょ? もっと素直になりませんか?」と言いたくなりました。


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